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2007年 07月 12日
解説:『建礼門院右京大夫集』
『建礼門院右京大夫集(けんれいもんいんうきょうのだいぶしゅう)』は、平安時代最末期に権勢をふるった平清盛の娘である建礼門院徳子に「右京大夫(うきょうのだいぶ)」という召名で仕えた或る女房が残した「家集(かしゅう)」(いえのしゅう。一個人の和歌を集めたもの)です。

幾つかの歌には長い詞書(ことばがき。歌を詠んだ機会や背景などを説明するために和歌の前に置かれる端書き)が付されており、むしろこの詞書のほうが「本文」であるかのようにここに作者の思いの丈が縷々綴られています。そのためこの『建礼門院右京大夫集』は単なる和歌集ではなく全体として日記文学のように受容されることもあります。日記といっても、むろん日々書き継がれたものではなく、自らが以前詠んだ歌を糸口にして、過ぎ去った昔のことに思いを馳せながら後日まとめられたものであり、その点からすれば和歌を軸にした作者自らの「回想録」であると言えるかもしれません。

「歌人と言える人ならば、自らの歌を家集としてまとめることもありましょうが、これは、そのような大それたものではありません」と、この家集の序の部分で述べられています。「ただ忘れ難く思われることを、折々に思い出すままに、後で自分だけで見ようとここに書き付けているのです」と。もちろんこれは作者の謙遜の辞でもあるでしょうが、この集を書き始めたきっかけというものを素直に、端的に言い表してもいます。

では作者が忘れ難いと思っている過去とは、どのようなものなのでしょうか。それは『平家物語』に描かれた時代を実際に生きた作者の未曾有の体験でした。

高倉天皇の中宮であった徳子へ仕えていたころの華やかな思い出。武士というよりも貴族のいでたちである若い平家公達(きんだち)らとの楽しい交流。そのなかで芽生えた平資盛(すけもり)との恋。思うにまかせない恋の行方に悩み苦しむ。やがて時代は急速に流転し兵乱の世へ。平家一門は西国へ都落ち。そして恋人資盛と今生の別れ。親しくしていた人々の死、変わり果てた姿。そしてついに耳にする、恋人が壇ノ浦の波間に消えたとの悲報...。ひたすら恋人の後世(ごせ)を弔いつつ、泣き暮らす日々。かつてお仕えした建礼門院を大原へと訪ねるが、往日の栄華からのあまりの変わり様に嘆く。しばらく経って後に思いがけず再出仕した宮中では昔のことが否応もなく思い出され、身も砕けそうなほどの悲しみがいっそう募る...。

平穏な貴族社会の衰退と武力による権力争いが本格化する中世の幕開け、という歴史上の大転換期の真っ只中にあって、作者は先例のない辛い別れをその身に実際に体験してきました。過ぎ去った日々の大切な思い出が失われてしまう前にせめて書きとどめておきたい、そして儚はかなくも海の藻屑と消えた恋人を願わくば自分の死後までも弔い続けていたい...。このような作者の強い気持ちが、この一篇の家集へと結実したのだと言えるでしょう。

『しのばしきむかしの名こそ〜洋琴抄・建礼門院右京大夫集〜』では、原作より幾つかのエピソードを選び、必ずしも原文の体裁にとらわれず自由に再構成した上で洋琴(ピアノ)の調べとともに朗読し、作者がこの家集に託した永久の思いを印象的に綴ります。


※『しのばしきむかしの名こそ〜洋琴抄・建礼門院右京大夫集』のチラシのために書いた解説文を転載。

by junitchy | 2007-07-12 23:01 | 和歌逍遥 | Comments(0)


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