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2011年 02月 26日
公園
語の「絶対的用法」というものがある。目的語や補語を伴わず、または何らかの限定詞によって限定されずにただ或る語が言われる場合。これはつまり、話者にとっては自明であること、当然の前提とされていることが単に省略されている、ということであるわけだが。

例えば、ありきたりの一般名詞であるところの「公園」、と私が言うとしよう。

この14年間、私の中では、このような絶対的用法たる呼称によって単に「公園」と言った場合、それはただ一つの公園のことを指していた。何の事はない、それは住んでいた場所のごく近くにあった、市営の運動公園のことである。
それは、私にとっては通勤路であり、散歩道であり、ジョギングコースであり、写真撮影の場であり、大きな木々の林立する自然であり、云々。言わば自分の住処の延長線上にあるものだった。

先日、この住み慣れた地から他所へ引っ越した時には、それこそ荷造りのバタバタで感傷に浸っている余裕など無かった。とにかく荷物を段ボールに夜通し詰め込んで、翌日には慌ただしくこの地を後にしたのだった。その一週間後、部屋の引渡しのためにもう一度訪れたとき、何もない部屋の中の掃除をして目立つ汚れを落とし、鍵を返却して名実共に引越しが完了してから、改めてゆったりと「公園」を歩いた。

ほんの少しだけ、と思ったが、やはり何とも去り難く、大きな荷物を抱えながら、愛着のある木々を小さなデジカメで何枚も撮影した。葉を落とした裸木の枝振りは何とも美しい。

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 (2011/2/19 LEICA D-LUX4, JPEG)


これだけの写真をほんの数十分の間に撮影出来る公園が、家を出て30秒の近くにあったのだ。正直、部屋そのものにはあまり未練は感じなかったが、この「公園」から離れることを改めて実感すると、何とも言えず寂しさが募って来る。例えば旅行などで留守にしていた後に公園の大きなニセアカシアの林立を遠目に見ただけで、ああ、やっと戻ってきたのだ、と感じられたし、いやそんな特別なことでなくとも、日々の通勤帰りがけにこれらの木々、ケヤキ、イチョウ、サクラの並木などに迎えられるだけでとても癒されたものだ。もちろんここ以外にも、玉川上水緑道、多摩湖サイクリングロード、小金井公園、昭和記念公園など、行きつけの場所には沢山の木々があった。私は武蔵野の木々に囲まれて生活していたのだった。

新しい生活の場所すぐ近くには、桜の大木の並木がある。それは高い鉄塔と高圧電線の下に沿って立っているのだが、見事な枝振りだ。少し歩くと大きな川が流れており、それに沿って遊歩道やサイクリング道もあるし、それを河口に向かって進めばそう遠くない距離で海辺に出る。海辺には大きな公園もあり、沢山の松が生い茂っているだろう。私はそんな周りの環境があるからこそ、この場所を選んだのだ。

それにしても、しばらくは元の住処への郷愁の念は消えないだろう。仮に、私だけの絶対的呼称としてただ「公園」と言うことが、今や困難になってしまったのだとしても。









 
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by junitchy | 2011-02-26 18:13 | 冗語縷々 | Comments(2)
2011年 02月 15日
記録と記憶とのはざまで
(2010/11/29-)

例えば、私が文章を書くということにおいて、学生時代から持ち続けてきたテーマ、何らかの形で常にそこへと回帰することになった問題設定というものがある。それは「何も言おうとしていない、ということをしか言おうとしていない文章を書くということ」ということである。今これを、表記法を変えて、二重にも三重にも引用符を付して書き改めてみると :

「『<何も言おうとしていない>ということをしか言おうとしていない文章を書く』ということ」

ということになる。私は恐らくこのことに腐心してきたし、または全く意図せずにこのテーマへと収斂したりしてきた。このような軸が、私の文章のスタイルをいわば内側から規定してきているのである。


そして、写真について。写真について考えるときの、このような問題設定というものがあるだろうかと考えてみると、最近になってようやくそうしたものが形になってきたような気がする。

写真を始めたばかりの頃に書き留めた或る文章、それはまさに何も言わないことをしか言わない文章なのだが、その中で私はこのように書いた:

『記憶? それは一つのスナップショットだ。掴み取られ、切り離され、独立し、何の文脈も持たぬままにきっと存立し続けるであろうような。この忘れ得ぬもの、だがひとたびそれを得ることで、逆にいかに多くの事柄が忘れ去られることになるのだろう。』
ー"le commencement, la fin" (2001)

以前にも何度か自己引用しているこの一節に、私はずっと、そもそもの初めからして常に既に、捉えられていたのだった。そしてそれは今や、外側から私を規制し、私に付き纏い始めている。

複製、<現実世界>のささやかなレプリカ。時間的・空間的な隔たりは無化され、或る均等な距離に置かれて。記念として。記録として。一つの所有物として。既に失われてしまったものの代理として。

そして、やがて失われてしまうものの、前もっての代補(=或るものの代わりとなり、その或るものを後から補うもの)として。

それはあまりにも利己的な営為だ。失われることが分かっているものを、密かに、そのアウラを無化し、或る等距離の隔たりに置いてしまう。等距離の隔たりに置かれたものを得ることに満足してしまう。私はそのようにしてきっと、その掛け替えのないものを、少しずつ、死へと追いやってしまうのだ。

『ある瞬間を写真に収めるということ、それは、永遠の、絶望の取捨選択なのだ。シャッターを切った瞬間に、私は、それ以外の瞬間を、それ以外の被写体を、取り戻すことが絶対に不可能であるような仕方で失っているのである。こう言おう、すべからく失われるべき瞬間に対しての、絶望的なる抵抗としてのシャッター。』(2006/1/2のブログ記事より自己引用)

その失われた瞬間が「生」であるとするなら、切り取られた瞬間は「死」である。そしてその「死」は、或いは「死」としての「写真」は、記録と記憶とのはざまという境域にあって新たな「死後の生」を生き延びることになるのだ。

(-2011/2/15)






 
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by junitchy | 2011-02-15 20:46 | 冗語縷々 | Comments(0)