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2007年 08月 25日
白みゆく
また和歌をいくつか。

                                新右衛門督
ほのぼのと あけゆく空は 星きえて 色こく残る 峯のよこ雲
(康永二年院六首歌合、雑色、七十五番右、勝)

この一首は『風雅和歌集』には採られてはいないが、その撰集の準備として催されたのであろう『院六首歌合』での詠。康永二(1343)年、花園院主催の歌合である。三弥井書店『風雅和歌集』の作者略伝によると宣光門院新右衛門督(せんこうもんいんのしんえもんのかみ)で、宣光門院(花園院妃)に仕えた女房とのこと。星がだんだんと消えてゆく東雲(しののめ)の情景、山に掛かる横雲には朝焼けの赤い色が濃く照り映えている。消えゆく星の弱い光と対比的に朝焼けの濃い色が配置されている。

この同じ歌合からは、同じく明け方の情景を詠んだ別の歌が『風雅和歌集』に採られている。こちらは前にもどこかで紹介したはずだが、

                                一条
しらみまさる 空のみどりは うすく見えて 明残(あけのこ)る星の 数ぞきえゆく
(康永二年院六首歌合、雑色、七十八番右、勝)

『風雅和歌集』には巻第十六、雑歌中、「康永二年歌合に、雑色を/院一条」として入っている。作者は花園院に仕えた女房。こちらのほうがより優れているので、同趣の『ほのぼのと』のほうは採られなかったのかも知れない。それにしても、これらの、星々が消えていく情景というのは何とも美しいものではないだろうか。まあもちろんこれは個人的な好みなのであるが。院一条の歌は、一句、三句、四句で字余り。このたどたどいしいまでの言葉遣りが、私には却って薄明の空に一つ一つ消えていく星の名残を感じさせる効果を上げているとすら思えるのである。

もう一首。今度はさかのぼって『玉葉集』から。

   月の御歌の中に
                                朔平門院
白みゆく 空のひかりに 影消えて 姿ばかりぞ 有明の月
(玉葉和歌集、巻第五、秋歌下)

作者は伏見院第一皇女。この歌は見逃していた。いろいろな場所で何度か言っているが、いわく森羅万象の中で私が最も好きだと言えるのが「下弦月」であり、朝日がすっかり昇っても天空に残っているその恨めしい姿なのである。
(だが、考えてみると、下弦の月に対してこのように「恨めしい」という感じを抱いているのは恐らく後から付いたもので、それは確か立原道造の詩の影響なのである。手元に道造の詩集がないので、試しに青空文庫で公開されているものをざっと探してみたが見つからない。なんという詩だっただろう。「…限りない嘘を感じている」というような一節で終わる詩。まあ、それはともかく…)
夜明け、薄明の時。白み行く空の光に、その月影はだんだんと薄められ、日が昇るにつれて星々はすべて消え去ってしまうのにただもうその弱々しくも恨めしい姿を晒している月。私の最も好きな情景をかくも的確に詠み込んでおり、つい嬉しくなってしまう。やはり京極派和歌は良いなあ。
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by junitchy | 2007-08-25 21:51 | 和歌逍遥 | Comments(0)