IE9ピン留め
2011年 12月 31日





2011年12月25日 鎌倉・報国寺(竹庭)
LEICA D-LUX 4 (RAW), Capture One 4.8, Photoshop CS3









  

# by junitchy | 2011-12-31 14:20 | 写真折節 | Comments(0)
2011年 12月 24日
袖ヶ浦


2011/12/11 袖ヶ浦海浜公園にて
LEICA D-LUX 4 (RAW) + Capture One 4.8 + Photoshop CS3 (縮小、アンシャープマスク)

  *

ここからは東京湾アクアラインや海ほたるを前景にして富士山が望めるので、ちょっとした観光スポットになっているようだ。
上空には、ラッシュの羽田空港への着陸待ちの飛行機が引っ切りなしに上空を旋回していた。
当日は風もなく、12月にしては寒くもなく穏やかで静かな夕暮れだった。

  *

「袖ヶ浦」は、私が通っていた小学校の校歌の歌詞のなかに入っていたので、地名としてはよく知っていた。ただし場所としてはそれほど近いわけではなく、単に千葉の海の代名詞くらいの意味合いだったのだろう。今まで実際に行ったことも無く、今回の撮影が初めてだった。

駅のプラットフォームに下りて、陸側を見ると普通の市街地と変わらないが、海側は荒れた空き地が広がっているのに先ず驚く。駅からでも目を凝らすと遠くにアクアラインが見えた。工場の建ち並ぶ海沿いの埋め立て地とは対照的に、駅から海までは寂れた町並みだった。歩いて海浜公園まで行く人もいないのだろう。





2011/12/11 袖ヶ浦にて
iPhone 4S + Photoshop CS3(縮小)

  *

昨年末から、夕日の海と富士山とを求めて、幾つかの場所に行って撮影してきた。
これからもしばらくは、あまり代わり映えのしない風景を探して、またどこかへ撮りにいくことになるだろう。




 
 


# by junitchy | 2011-12-24 13:01 | 写真折節 | Comments(2)
2011年 12月 10日
葉叢・モノクロ



 




2010年5月3日 東京・神代植物公園にて
ROLLEIFLEX 2,8F (Planar 2,8 / 80mm), ILFORD XP2 SUPER
EPSON GT-X970, Photoshop CS3
※コンタクトスキャン@800dpiよりクロップ、縮小


  *


これは紅葉ではなくて、5月の新緑のカエデとツタの葉。
モノクロだが、瑞々しい色彩が感じられないだろうか。






 

# by junitchy | 2011-12-10 14:56 | 写真折節 | Comments(4)
2011年 11月 27日
昨秋の色














2010年11月13日 東京・昭和記念公園にて
CONTAX ST, Planar 2/100, Makro-Planar 2,8/60, Kodak E100VS
EPSON GT-X970, Photoshop CS3
※コンタクトスキャン@800dpiよりクロップ、縮小





 

# by junitchy | 2011-11-27 10:09 | 写真折節 | Comments(2)
2011年 11月 23日
ヨットハーバー




休日の昼下がり、海辺をゆっくり走りながら、iPhone 4Sにて。






 

# by junitchy | 2011-11-23 18:20 | 写真折節 | Comments(0)
2011年 11月 13日
初撮り




2011年11月13日
ジョギング中、iPhone 4Sでの初撮影。





  

# by junitchy | 2011-11-13 20:09 | 写真折節 | Comments(0)
2011年 11月 13日
富津岬



2011年10月16日
千葉・富津岬展望台より
iPhone 3GS



 

# by junitchy | 2011-11-13 20:06 | 写真折節 | Comments(2)
2011年 07月 20日
訥言:キリスト教
        
訥言:キリスト教
(2011/2/27-)


キリスト教とは、新約聖書の教えを信じる宗教であって、イエスの教えを信奉する宗教ではないのだ、ということ。

ひょっとすると、キリスト教の教理が或る一定の解釈に定まるまでには、例えばイエスの言葉のみを抜き出してそれを信奉するような会派があったかも知れない。だがそれは、きっと後のキリスト教の正統から外れることになるだろう。それは異端ということになるだろう。それは異端として弾圧され、教会からは排除されることになるだろう。

キリスト教教会において成立した聖書の正統な解釈、それをまとめた信仰信条とは、そのまま直ぐに異端排除装置として機能するのであり、それはキリスト教の名において異端者の虐殺までをも正当化するものなのである。

だが、そもそもイエスの教えとは何であったか。それは先ず第一に、「頑な」になってしまった旧来のユダヤ教の教えの改革であったはずだ。ありていに言って、教典に書かれたことをただその字面においてのみ信奉することよりも、もっと優先することがあるのだということ。

この点においてそれは旧来のユダヤ教を越え出たのであり、イスラエルの地から離れ出て広まることになったのではなかったか。

或いはまた、旧来の権威の否定。イエスの思想は反体制的であり、だからこそ時のユダヤ王国はイエスを反逆者として磔にしたのではなかったか。

にもかかわらず、だ。そのようなイエスの強烈な記憶(一つの集団的記憶と言って良いだろう)によって生まれたであろうある信仰が、仕舞いにはその出自を忘れ、イエス本人とは預かり知らぬところで成立した聖書(と呼ばれる幾つかの書の集合体)の字義通りの教えを,ただ守ることに頑なになってしまったのである。

その結果は、内に対しては権威・腐敗であり、外に対しては排斥・排除・差別だ。

宗教改革のスローガンは「聖書に戻れ」であり、決して「イエスに戻れ」ではない。

だから本当は、キリスト教における「原理主義」というのは一種の自己撞着、哀れな内部矛盾を孕んでいるはずなのである。それがそうならず、ひとつの運動として成立してしまうことにこそ、キリスト教の不幸がある。




 

# by junitchy | 2011-07-20 21:06 | 下書覚書 | Comments(0)


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